ハタを立てろよ!

ワーホリで英国に来た男の一旗揚げるまでの軌跡と雑記になる予定。

【悲報】Macbook Airが死亡。そして新たにMacbook Proを購入…。(前編)

Twitterの方ではかなりリアルタイムでつぶやいていたのですが7月12日に愛用していたMacbook Airに突如電源がつかなくなるという事態が発生し、さらにいろいろあって新しくMacbook Proに買い換えることにしました。今この記事も慣れないアメリカナイズされたキーボードを使って書いてます。自戒も込めて今回の事件について書いていきます。

http://www.flickr.com/photos/43822137@N00/8620680184

photo by timsnell

どうしてこうなった・・・。

ことの発端は自習用に買った英語のテキストにCD-ROM教材が付属していたことだ。テキストだけでも勉強はできるため、特段必要に迫られていたわけではないが、中身がどんなものなのかちょっと見てみたいとは常々思っていた。

手元のMacbook AirではCDを読み込めない。外付けのドライブも持っていなかった私は、ある日外付けのCDドライブを持っていたら貸して欲しい、とシェアメイトに相談した。すると彼は「古いものだが確かあったはず…。」と回答。数日後、彼はそのCDドライブを持ってきてくれたのだ。その機械はなぜか派手なピンク色で、ACアダプタ付、聞いたこともないメーカーのものだったが中国のメーカーである(もちろん中国製)というところは見て取れた。

「ちょっと繋いでみたけど、調子は良くないみたいだから期待しないで」と言っていたのだが、せっかく探して持ってきてくれた好意を無駄にするのも申し訳なかったので「試すだけ試してみるよ」と言って私はそれをありがたく借りておいた。「パソコンが変わればちゃんと動くこともあるだろう、最悪、動かなければ返せばいいだけだ」と思っていたがこの後、その最悪がいかに甘い想定であったかを私は思い知る。

 

部屋に戻った私はそのピンクの中華CDドライブを早速繋いでみることにした。CDドライブとACアダプタ繋ぎ、電源に差し込み、USBをMacbook Airに繋いだ。この時、私の注意はCDドライブに注がれており、Macbookは電源はついた状態のはずであった。CDドライブは反応がない。改めてコード類の差し込みを確認するとCDドライブのランプが付いた。「おっ、これはいけるかもしれない」と揚々としてきた私が画面に目を戻したその時、Macbookの画面は消えていた。

部屋で一人でいるにもかかわらず「ん?ん?」わりと大きな声を出しながら色々キーボードを叩く。反応はない。視線を後ろに向ける。件のCDドライブはいつ抜いたのかもわからないが、ポツンとベッドの上に鎮座していた。間違いなくコイツを差し込むまでは間違いなくMacbookは正常に動いていた。間違いなくコイツが間違いなく犯人である。間違いない。

思考回路が怪しくなってきている一方で私のまた別の一部の思考はかなり冷静だった。少し待てばまた電源が入るのではないか、得体のしれない機械をUSBに差し込んだからといってパソコンにこんな症状を引き起こせるはずはない。どんな凶悪なウィルスであってもこんなことは起こせない。こんなのスノーデンも真っ青のテロ攻撃ではないか…などと考えながらもひたすら私の右手は電源ボタンをひたすら繰り返し押していた。

なんという爆弾を渡してくれたんだ、そう思った私は手元にこのCDドライブを置いておくのが怖くなりそれを返しにリビングに戻った。はそこにいなかったため、とりあえず目のつきやすいところにソレを放置した。ちなみに幸か不幸か翌朝早くにベルリンに飛び立つ予定になっていたためしばらく会うことはない。

 少し時間を置いてみよう。と、英語のテキストにとりかかるも、全く集中はできない。スマホで電源がつかない時の解決方法を検索し、いろいろ試してみるも改善は見られない。どうしてこうなった...。思い返せばフラグはそこかしこに乱立していたわけだが、思考はそれをひたすらに無視していた。ていうかそういうハタを立てたいんじゃないんだよこのブログは…。

目の前の現実を受け入れきれず「朝になればまた電源が入るようになっているはず」という希望に必至でしがみつきながら、やがてその日は床についた。

 

修理を余儀なくされ・・・。

朝。目が覚めるやいなやMacbookの電源ボタンに手を伸ばす。反応はない。だが、充電のコードを挿してみると、昨日はグリーン(充電完了)しか点かなかったのが、オレンジ(充電中)とグリーンを繰り返すような挙動に。一見悪化しているようだが、私はこれを事態は変わってきていると無理やり前向きに解釈した。

朝食を取ろうとリビングに降りるとまた別のシェアメイトに会ったため、昨夜の顛末を話したところ、おすすめの修理屋があることを教えてくれた。Appleストアが中心街にあることは知っていたが、先にそっちに行ってみてもいいかもしれない。Googleで予め検索してみると、店の外観からは中国系の雰囲気はない。むしろ青と黄色を基調としてスウェーデンに近い雰囲気。これなら頼りになるかもしれない。

 

f:id:sorenaniboy:20150717013942j:plain

Googleマップの画像

 

全く理にかなった思考ではないのは明らかなのだが、その時私の頭のなかではこの店ならなんとかしてくれるに違いないと考えていた。そして早速、私はカバンにMacbookを詰め込み家をでた。

 

  バスに乗り込み1日分のチケットを購入した。朝も早かったためこの後どこにでもいけると思っていた私は、修理に預けている間にエジンバラ内を観光しようと考えていたのだ。

 店に着き店内を見渡す。他にお客はなく、少年が1人パソコンを向かってゲームに勤しんでいた。カウンターに現れた兄ちゃんはいかにも西洋人といった雰囲気で耳にはデカい穴があり大きなピアスをつけていた。 どちらかと言えば壊すほうが得意そうな風貌である。なんか思ってたのと違う...とは思いながらもパソコンを取り出し事情を説明した。すると彼は「おそらくUSBから電気が流れ込んでマザーボードのどこかに悪影響を及ぼしたのだろう」と結論付けた。全くの同意見である。また「似たような事例を扱ったことがあるから試せることはいくつかある。50ポンドから70ポンドかかるが、もし何もできることがなかった場合はそのままパソコンを取りに来てくれればいい。その場合は無料だ」そんなの無料なのは当たり前だろう。といつもならツッコミたいところだが、50-70ポンドという数字に私は打ちひしがれていた。 この時点でただ待っていれば治るはず、お金はかからずに解決するはずという現実が音を立てて崩れ落ちた。ガックリである。しかし、最悪でも70ポンドの出費である。13,000円程である。痛いが我慢できないほどではない。この後Appleでも費用を聞いてこようかと思っていたのだが、修理するなら今日中に治せるとのことだったので、その場で直してもらうことに決めた。簡単な書類を書いて店をでる。「直ったら電話するよ」と聞いていたが、店は18時で閉まるので、いずれにせよその前に帰ってこなければならない。

とりあえず当座の対応をとった私は、バスの乗車券もあったため、気分を変えて観光楽しむことにした。写真を撮りつつ16時ごろまでエジンバラ内を散策した後、目的としていた所は回れたので心地よい疲労感に浸っていた。一方で店からの電話はきてはなかったが、頃合いかと思い店に戻ることにした。途中LiDLで食料も買いだめを済まし、あとは正常に直ったであろうmacbookを受け取ってまっすぐ家に帰るつもりだった。が、しかしである。

 

 店に戻り、修理ができたかをたずねると店のピアス兄ちゃんはこう答えた。「我々では直せない。」この時の私の表情は誰が見ても「まさか」という心情が見て取れたろうと思う。無論ピアス兄ちゃんも例外ではない。バツが悪そうな面持ちになっていたが兄ちゃんは続けた。「いろいろやってはみたがどれも有効な手段ではなかった。恐らくボードの取替が必要になるだろうから、これはAppleに持っていくほうが得策だ」という。ならソレがわかった時点で電話をよこせ。と思ったが店内奥には更に数人の男もいるし、いちゃもんをつけてる場合でもないので、とりあえず小さく礼を言って店を出た。幸い時間はまだ17時手前である。Appleストアは18時まで開いているから今から行っても見てもらえる時間はあるはず。この時、手さげカバンからは大量の食料の上にあった食パンが顔を覗かせていたがわけだが、気にしている場合ではない。生活感MAXでこの日何度目とも分からないバスに乗ってまた私は街のAppleストアへと向かった。

 

Appleストアに入り、手提げかばんの中身が周りに悟られないように配慮しながら2FのGeniusバーへと向かった。少し待って、例のフレンドリーな店員が「今日はどうしましたか」と訪ねる。かくかくしかじか。さすが世界のAppleだけあって英語が聞き取りやすい。と気づいたのは後になってからだが、とりあえず説明を終え本体を診てもらう。とりあえずRAMリセットのコマンドなどをやっていたが、内心私は「そうじゃないんだよ…。」と悲しい気持ちになっていた。そして店員は「専門家に診てもらう必要がある。スケジュールはかなり埋まっているから次の日曜日まで待つことになるけど」と結論。そんなに待てない、と言うと、「朝一番早く来れば予約はないから少し待つだけで見てもらえるはずだ。」ときた。やらいでか次のやることは決まった。事態は全く変わっていなかったが、その日は帰路につく他になかった。

 

続く。

 

↓後編です

ymsdeedinbugrgh.hatenablog.com

 

広告を非表示にする